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ツールド三陸in陸前高田 前日編

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ツール・ド・三陸 サイクリング チャレンジ 2012 in りくぜんたかた
2012年9月8日(土)~9日(日)

このイベントの開催目的は
東日本大震災によって甚大な被害を被った東北地方 三陸エリアの復興町づくりを自転車イベントの開催で応援しながら地域復興と広域観光の推進を継続的にサポートしていく。
参加者はもとより被災地の多くの人にサイクリングの楽しさを広く啓発することも目指す。

震災当初より被災地支援に具体的な行動を起せない自分に歯がゆさを感じながら1年半を過ぎようとしているこの日、自転車に乗ることで何らかの力になるのであればと、参加した。

9月8日、早朝に我が家を出立、コルナゴ君車載で東北自動車道を経て走ること470km
気仙沼市に到達、市内中心部で先ず目にしたのが壊滅的に破壊された建物群と津波にさらわれた住宅破壊の爪痕だ。
IMGP190気仙沼市内  IMGP1907気仙沼②

そして、目を釘付けにしたのは陸に打ち上げられた大型漁船。
IMGP1909津波の威力船  IMGP1911打ちあ゛られたれた船 
その周辺には数台の観光バスから降り立ってくる被災地「視察団」。
その後いたるところでこれら「視察団」と遭遇するのだが、私は何故か違和を感じて彼らとの接触を避けるのでした。 

目指す陸前高田市へ入って目に入ったのはこの「奇跡の一本松」
IMGP1917奇跡の一本松  IMGP1926陸前高田一本松前
瓦礫と化した建物をバックに一本だけ残ったこの松とその周辺の姿を目にした瞬間、私は鳥肌たって思わず涙ぐんでしまった。そして合掌。
松はすでに枯れていて、市はモニュメント化を進行中とか、私としてはコメントの術も無い。

気を取り直して、明日の走行コースを車で試走することにした。
IMGP1930h広田半島突端  IMGP1935広田半島突端
広田湾沿いに走り広田半島突端の船着場へ。
こんな綺麗な海があの大きな津波を運んできたのかと思うと自然の驚異を思う。

IMGP1938黒崎温泉  IMGP1934黒崎温泉
岬の上には津波の被害を免れた黒崎温泉が営業していた。
入浴料五百円を払って入浴と食事をとる事にした。

入浴客は少なく、湯船で一緒になった漁師のおじさんから当時の様子を聞かせていただいた。 
淡々と語るおじさんは70歳、顔や肌は色艶が良い、東北訛りで聞き取りにくい部分もあったが、この災難を経験した者でなければ語れない実感こもった話につい聞き入って30分は話しただろうか。

「地震の発生から津波が来るまで20分もあったのにかっての経験を活かせず多くの人が津波に飲み込まれてしまったことが無念」という話が印象深い。親戚も何人か亡くし漁具もさらわれたと言う。

IMGP1940瓦礫  IMGP1941瓦礫
お互い頑張りましょうとエール交換して老漁師と別れ、イベント会場へ向かう道すがらに瓦礫の山をみるにつけ、まだまだ国民の支援と政治の力が必要なことを思うのでありました。

IMGP1964太鼓  IMGP1962帆立烏賊
15時、イベント会場で参加受付。
陸前高田の祭り太鼓が歓迎してくれた。多くの出店もあり陽気な売り子にはさっきまで見て来た被災情景をしばし忘れさせてくれた。帆立焼きとサイダーを戴いた。  

IMGP1973陸前高田消防署  IMGP1978ホテル望洋
壊滅した陸前高田には宿泊施設は全くない。広田湾岸には以前は立派な観光ホテルであったろう廃墟と化したホテルのほか、市の重要施設がポツポツとその無残さを晒すかのように、悲惨さ訴えるかのように解体されずに残されている。

陸前高田から18km離れた気仙沼に戻りこの日の宿としたのは港を望む高台にあって被災を免れた「ホテル望洋」である。
震災直後に避難者が仮宿泊したという。

復興建設の職人さんが多く定宿にしているようだ。この日は私たち同様イベント参加者も多く宿泊した。

さあて、明日はしっかりデモ走行して元気を取り戻そう。
当日編に続く。
この記事へのコメント
陸前高田に行ってきたのですね・・
私は情報が送れて入ってきて間に合わなかったです。以前レースで走ったことのあるコースなのかな?懐かしかったんですが、仙台で行われたママチャリレースに参加したチーム員の応援に行ってきました。
そちらは、まだまだ復興は先になりそうですが元気だけでも取り戻したいですね。お疲れ様でした。
2012/09/10(月) 21:21 | URL | 桜子ちゃん #-[ 編集]
陸前高田で7年前まで実施されていたコースの逆周りコースのようです。
震災を「風化」させたくない。・・・・が実感ですね。

当日編に乞うご期待。
2012/09/10(月) 21:36 | URL | nebaneba #-[ 編集]
私も指を咥えているだけじゃなくて、参加しなきゃ!と、つくづく思います。

その前に...嗚呼、早くロード乗りたいなぁ(T_T)
2012/09/11(火) 00:13 | URL | たすけ #bV8DUnag[ 編集]
ただいま編集中にてあと少しお待ちくダサいな。
2012/09/11(火) 00:35 | URL | nebaneba #-[ 編集]
厳しい絵です。
何度拝見しても泣けてきます。
私が行った時と何も変っていない気がします。
2012/09/11(火) 13:28 | URL | テガ #-[ 編集]
何か変えようとする動きが見当たりません。
ただ耐えることを強いているように感じます。
生活感がありません。

仮設マーケット付近にはなんとなく人出はあるのですが
我々よそ者が簡単にづけづけと近づいてはいけない気がして
しまいます。何もできない歯がゆさのみが残りました。
2012/09/11(火) 16:28 | URL | nebaneba #-[ 編集]
ご苦労様でした。
ロードに乗ることは、非日常の世界に行くことだと思っているのですが、その上に震災被災地を走るというのは二重に非日常の世界を感じられたのではないでしょうか。わたしも一年前に仙台港に行きましたが、かなり復旧されていたものの、柱に残る津波がきた跡や、跡形も無く平地になった住宅地を見ただけでもドギマギしました。一度見た人間にとって風化はありえませんね。
2012/09/13(木) 05:06 | URL | kincyan #sSHoJftA[ 編集]
奇跡の一本松とその周りの情景を見たときは
鳥肌たって涙しました。非力な自分も感じました。

2012/09/13(木) 06:25 | URL | nebaneba #-[ 編集]
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