>  HISTORY of nebaneba

 HISTORY of nebaneba

ここでは、「 HISTORY of nebaneba」 に関する記事を紹介しています。
プログネタがなくなって・・・写真整理してたら出てきましたこの三枚。

img013.jpg    img005.jpg    
私はまだ「親父の胎内」に居ました。昭和19・20年ころの満州と思われます。

戦後、信州信濃の山里で産湯を浴びました。
堺屋太一氏に「団塊」というレッテルを張られました。

戦争体験はありません。親父は戦争の話を一切聞かせてくれませんでした。

そして昭和40年代の遊び盛りを王子で過ごしたのでした。30数年も前ですが。

img006_20111111125038.jpg
どこぞで撮ったか撮られたか覚えのない写真です。
はたして私なのかどうかも疑わしいですが?????あの頃に戻りたい。

65の坂を昇り始めました。まだまだ昇り続けさせられています.
遺言書く財産は全く有りません。そうか自転車どうしよう。6人の孫の内誰かが乗ってくれるかなあ。
この記事へのコメント
こんばんは

お若い頃からカッコイイですね~

6人お孫さんおられたら
自転車取り合いになるのでは(笑
2011/11/11(金) 17:59 | URL | kobasho #-[ 編集]
はたして自転車に興味を持つかが問題です。
2011/11/11(金) 18:13 | URL | nebaneba #-[ 編集]
私の父も戦争の話はほとんど自分から話さなかったのですが、テニアン島の守備隊で滑走路を造ったそうですが、すぐに攻撃され奪われたと聞きました。

若い時からスタイル変わっていませんね、そして夫婦で自転車生活は若さの秘訣ですね。
聖路加国際病院理事長の日野原重明先生は今年100歳現役です。
nebanebaさんは、まだまだ30年は自転車生活できるとおもいます。
2011/11/12(土) 10:09 | URL | ビーカブ #-[ 編集]
色付きの文字コメント感謝です。
六十の坂を登りはじめたら、何時お呼びがあってもいいように
こころの準備をしている一方で、若者には負けないものもあるぞの
気概も持ちつづけたいと思っております。
2011/11/12(土) 19:30 | URL | nebaneba #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック