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ボタな自転車海苔

ロードレーサーnebaneba
ボタリングロード暦5年余
育ち盛りの自転車海苔・・今後の成長に乞うご期待 
仕事の書類の整理中に物流研究会の10余年前の機関紙が出できた。その機関紙に原稿依頼があり、3回連載された私小説を再発見した。
そこでこれをブログ公開することにした。

題してさくら


「初恋」

第一章 みほ子

 比呂志が6人兄弟の末っ子として生まれたのは長野県は中央アルプスの峰々が南に見える伊那谷の最北端の町であった。
伊那谷の真ん中を貫くように諏訪湖を源とした天竜川が南北に流れている。

 比呂志が入学した小学校は天竜川の東山裾にあった。小学校までは1里程の道のりを同じ村の悪餓鬼等と徒歩で通っていた。

もともと活発な比呂志は入学直後から遊び友達を増やし、益々行動半径を広げていった。学校が終わると同級生の家に行ったり,野山を駆け巡り、川で水遊びと家に帰るのは太陽が西山に沈んでからというのが常であった。AN0227.jpg


比呂志の生まれたのはいわゆる団塊の世代で、1クラスの編成は54人ものすし詰め教室であった。小さな町の小学1年生が4クラスあったのである。その同じクラスに決して美人ではないがどことなく垢抜けていて賢そうな、女の子がいた。なぜか悪餓鬼の比呂志は彼女の前ではいい子だった。その子の名を覚えるのも早かった。その名をみほ子という机


 みほ子は腰の辺りまで伸びた黒髪を、きれいにみつ編みにし、お下げのその先リボンはには可愛い花柄であることが多かった。同級生の男子が彼女のおさげを引張ったりしていじめることがあると、ひろし少年は、正義の味方と変身し,憤然として立ち向かっていくのであった。

彼女には小3の兄と幼稚園か保育園に通う妹がいるらしい。父親は中学校の教師をしていてかの女の家の本棚にはたくさんの本があるらしい。しかも彼女と妹の専用の本棚もあり、絵本や読み物が詰まっているという。漫画もあるかと聞いたら兄の部屋に積み上げてあるという。

みほ子の兄は時々妹の教室にも顔を出すことがある。やさしい面立ちで漫画本を貸してくれそうな人だ。名前も「ひとし」という。ひろしとは一字違いで気が合いそうだ。

 本などほとんどない貧農に生まれた比呂志にとって本とは教科書か農業月刊誌「家の光」ぐらいであった。本に飢える比呂志にとって、この兄妹に遭遇したことは本に接せられる絶好の機会であった。「みほ子の家に遊びに行けば大量の漫画が見せてもらえる」である

明日とはいわず直ぐにても遊びに行きたい。その事をいつみほ子に言い出そうとし思案をしていた矢先、みほ子の方から次の日曜日に遊びに来ないかと誘われた。比呂志は舞い上がった。

みほ子の住む村は、小学校から更に東へ1里ほど先の谷あいの集落である。
比呂志が道順を聞くと、その集落に通じる道路は九十九折の坂道を登りその先のトンネルを抜けると直ぐだと聞いた。

トンネルの近くまでは悪餓鬼の比呂志としては、学校帰りに道草を食った辺で知り尽くしている。ただトンネルを抜けたことはなかった。「何だそんなに近くだったのか」

同級生で同じ集落から通っているけさ美と「トンネルの向こうで待っている。」という。
日曜日が待ちどうしかった。山


第二章 初デイト

その日は朝から雨模様であった。朝はまだ薄暗いうち起きだした比呂志はそわそわして雨空を見上げてたり、柱時計を見たりの繰り返しで出発迄の時間をもてあましていた。

午後になり雨は小降りにはなったが、町へ習い事に行く小3の姉と小学校近くまで一緒にバスで行くことになった。傘


比呂志は半ズボンのポケットの中の帰りのバス代となる5円玉を確認するように握り締めながら、その人の待つ集落に通じる道との十字路近くでバスを降りた。

バスは石油臭い臭いを黒鉛とともに噴出しゴトゴトと走り出した。比呂志はこの近代文明に接するかのようなガソリンの臭いが好きで、よくトラックなどの排気管に鼻を近づいて文明の臭いをかいだものである。

だがこの時ばかりは今から訪問する同級生みほ子のことであたまは一杯でそれを楽しむ余裕などなかった。

比呂志は走り去るバスにクルリっと背を向けるとその村に通ずる幅の広い坂道を勢いよく登って行った。家を出るときには少し残っていた雨もすっかりあがり、太陽がギリギリと頬を照らしていた。

坂道は右に左にカーブし、東山のほぼ中腹に達した。母から念のために持たされたコウモリ傘は杖になった。

何回目か曲がった道路の先が平坦な場所に出ると、その先に隋道の入り口が見えた。もう少しだ。とうとう来たぞ。この「トンネルを抜けたところ」でその人は待っているはずだ。心が弾んだ。

薄暗いトンネルは小学1年生の比呂志にとってあまり心地よいものではなかった。すでに雨は上がっているのにところどころ天井から水滴が落ちている。その一滴が比呂志の首筋に落ちてきた。「ヒィエャーッ」比呂志はその冷たさに驚いて飛び上がった。゜

比呂志は6.70メートル程の隧道を一気に駆け抜けることにした。彼にとってその長さは10キロにも20キロにも感じられた。息は切れ切れに着ていた開襟シャツは汗でぐしょぐしょになっていた。

遠くに見えていた出口の馬蹄形がだんだん大きくなり、やがて目の眩む程の光が比呂志を襲ってきた。着いたあ。とうとう着いたぞ。その人はその光の真ん中に立ちニコニコしながら待っていてくれた。

比呂志はそこに駆け寄り「やあ、きたよ。」と声かけようとした。とその瞬間そこに見たはずの人影は幻のように消え去ったのである。

隧道の先の道ははすぐ右にカープしていて、なだらかな下り坂が続いている。5.60メートル先で更に大きく左にカーブして山裾のこんもりした森に隠れるように消えていた。

そこまでの道路端には人っ子一人いない。

 比呂志はしばらく呆然と立ち尽くしていた。目指す相手は最初からそこにはいなかったことを理解するまで相当の時間がかかった。そして雨上がりの黒々とした道路脇の土にコウモリ傘を突き刺してヘナヘナと座り込んでしまった。

 「トンネルの向こうで」待っているはずなのに。よおやくのことで約束の場所まで来たのにその人は待ってはいなかった。もう人生終わりだ。

 流れる汗を拭こうともせず、長いこと地べたに座り込んでいた比呂志は、やがて力無くゆっくり立ち上がるとフラフラと歩き出した。

帰りのバス代であるはずの5円玉もポケットからは消えてなくなっていた。

どうやって家にたどり着いたかは本人にも全く記憶が無い。カタツムリ



つづく

第三章 悪夢天道虫


 翌朝、いつもに増して遅く寝床から這い出した比呂志は、母親から追い立てられるようにして学校へ行った。ランドセルは肩にに食い込みいやに重かった。

教室に入ると、比呂志を待ち構えていたかのようにみほ子が駆け寄ってきて、いきなり機関銃のごとくまくし立てた。彼女の怒った顔とその言葉に愕然として教室の天井を仰ぎ見た。「神さまあー」

 「昨日はなぜ来なかったの。私は妹とけさ美ちゃんと何時間も待っていたのに。約束を破るなんてあなたはひどい人ね.......罵詈雑言...............」

 昨日はみほ子の家を訪ねるためにやっととの思いで坂道をのぼり、 トンネルを駆け抜けた。そこで彼女は待っているはずだった。ところが彼女の姿は見えなかった。

トンネルのその先の道路が大きくカーブしたところに神社がありその境内で3人で比呂志を待っていたという。
 あまりに比呂志が来ないので、まりつき、縄跳び、石蹴り、おはじき、ままごと、とあらゆる遊びをし時間をつぶして待っていたのである。

 「ひろしさん」が来るというのでみほ子の母親は手作りのおやつを用意していたという。

 「ひとしお兄さん」は「ひろし君」に漫画だけでなく、、読ませたい本をあれこれ選んでいたとか。

 はたまた「お父上」は「みほ子のボーイフレンド」を歓迎すべく着物姿でお待ちかねであったことを聞かされた。

「トンネルの向こうで待っている。」

あの隧道を貫けたところからもう少し先に行ってカーブを曲がっていたら。もう少し歩く気力さえあったら、みほ子に会えたのに。

漫画やおやつにもありつけたのに。

悪夢だあつくし2





エピローグへとつづく






初恋 終章

 比呂志とみほ子はトンネル事件の後、ほのぼのと恋心はお互いに抱きながらも仲良くするでも仲違いするでもなく同級生としての生活をしていくのであった。

進級して何度かクラス換えもあり、みほ子は隣のクラスに移っていった。比呂志にとって小学校を卒業するまでなんとなく気になる存在ではあった。

 中学校に進級して1学年が11クラスもあるマンモス校であったが二人は再び同じクラスとなった。

授業参観日や学校行事などの折に、彼女の母親に会うことがある。その度に「みほ子をよろしくお願いしますね。」といわれた。比呂志は照れくさかった。
淡い恋ごころは比呂志の青い心の中にしまわれたまま中学の3年間を過ごすのであった。

 15の春、比呂志は男子高校へ、みほ子も同じ学区の女子高校へ進学した。
高校にはみほ子の兄が先輩としていた。優しいげな物腰は強持てするする男子高の先輩に比べると異質にも写るやさしいまなざしを比呂志に注いでくれた。文化祭の時「兄」はみほ子を連れてきて「一緒に校内を案内したり、フォークダンスに誘ってやってくれ」と言われた。学校


嬉しかった。だが同級生からは妬まれた。
フォークダンスで握ったみほ子の手は柔らかく熱かった。小学生の時には平気で手を握って遊戯をしていた時とは違う胸のドキドキした一瞬であった。その夜、比呂志は何故か眠られず、その眠られぬこと事態にも悩むのであった。

眠られぬ日がつづいても比呂志からみほ子に逢う術すらとらなかった。
通学電車等ででも遠くからみほ子の姿を見ることができた時は最高の幸せと感じていた。

高校時代にはとうとう二人の間に燃え上が炎ような恋は育たなかった。


高校卒業後、みほ子は東京の大学に進学し、比呂志は東京の物流会社に就職した。

彼女が大学2年になった時、大学寮から下宿へ引越しをした。
その引越しを頼まれた比呂志は「よろこんで」トラックで駆けつけるのであった。そこにはみほ子の旧友と同宿の「ひとし兄さん」がいた。比呂志に、またも 「みほ子をよろしく頼む」と言われた。

比呂志は彼女のガードマンに徹することにした。それが自分の役目と誤解した。
ここでも比呂志はなぜか燃え上がる心を抑える自分を見てしますのであった。

彼女が大学を卒業するときなぜか比呂志への連絡は無かった。

いまだにその理由は見つけ出せない



とうとうみほ子の父親に会う機会も無く、当然のように「娘をよろしく頼む」と言われる感動的シーンも決定的かつ歴史的事実も無かった。七五三


風の便りには彼女は姓も変わり3児の母になったとか。


比呂志も2度目の初恋 ? が成就して彼の周りには5人の孫ができた。。


比呂志少年にとってあれはやっぱり初恋だったのだろうか。
単なる幼なじみなとの思い出なのか。

そしてあの「トンネルの向こう」は人生訓か。



「もうひとつ曲がり角越えてみよ、さすれば人生開かれん」

「トンネル過ぎたら、そこに留まらず、更に先に行こう。」 自転車



比呂志少年には3度目の初恋 ? はあるのだろうか。









日曜日 母(かあ)べえ を妻と見た

母べえ

あらすじ
昭和15年(私の生まれる7年前)の冬、東京で暮らす野上家では、その夜も夫滋(坂東三津五郎)と妻の佳代(吉永小百合)、二人の娘たちの笑いの絶えない貧しくとも楽しい夕げを囲んでいた。それがこの家族そろっての「最後の晩餐」になることも知らず........。

翌朝、ドイツ文学者である滋は、治安維持法違反で特高に逮捕される。
野上家ではお互いを「父(とう)べえ」「母(かあ)べえ」「初べえ」「照べえ」と愛称でよびあう仲睦まじい家族であった。
しかし、突然夫を奪われたそのひから波乱の日々が始まるのであった。


久々の吉永小百合映画で会った。

暗い 悲しい これでもかこれでもかとたたみつけるように吉永小百合のいや野上家に悲しい事件が起きる。だが小百合お母さんは昭和のお母さんを演技し続ける。

激動の昭和を生きた家族物語を吉永さゆりの味わい深い演技で山田洋二監督が描いたものである。

私の生まれるちょっと前の年代であるが、私の素地はここで作られたものであることは感じる。
そして、絶望的戦時下で頑なに信念を貫いた男と、したたかに明るく生き抜いた女に我が父母をオーバーラップさせ見させていただいた。ff母べえ

ラスト

昭和の母は強し 激動する昭和を生き抜いた母は永遠に生きている。

吉永小百合も私にとって永遠の憧れの人だ。

何もなくても

母の手があった

悲しくても

母の胸があった。
母べえ





2月17日

いかん、怠け過ぎ

今年にはいって2回目の参加2008.2.17ミラノアサラン②


2008.2.17ミラノアサラン①


もうそろそろ暖かくなるでしょう。

「いい季節にいい走りを」 もうチット頑張ります。 
TOKYOセンチュリーライド2008in荒川

5月10日(土)

東京で開催される大規模ロングランイベント、TOKYOセンチュリーライドにエントリーした。
といってもあらかじめ登録しておいて参加希望が多いと抽選になる。

コースは葛西臨海公園をスタート&ゴールとしそれぞれの脚力に合わせて参加できるようである。100mile.jpコース


まあレースではなくサイクリングの延長上のイベントのようである。

どちらかというと私のようなボタリんグ愛好者向きか。

団体、個人、&ファミリーで応募できる。

荒川は走りなれてもいるし、佐渡行きの一週間前の開催であるので、足慣らしに参加することにした。




孫娘10歳と8歳の二人と弟二人そしてその両親(息子夫婦)が突然来訪した。

私のためにバレンタインのチョコレートを手作りでつくったとか

小箱に詰め込み綺麗に包装して。

涙がチョチョ切れて、早速包みを開けて全員で味わった。

柔らかな「キスチョコ」に似た形だ。溶かしたチョコレートに生クリームを加えてチュウブで練りだしたものだ。

あまりの嬉しさにみんなで味わった後に写真に収めることを忘れたことに気がつく。

まあ空箱でも愛は伝わるか。バレンタインチョコ


さあホワイトでーには何を孫娘へのお返しとしようか





2月11日
建国の日

正月の松があけても松飾の始末ができずに今日に至ってしまった。

今日は「チームミラノ」のアサランの日に当たっていたが

目が覚めたのが集合時間の8時30分。

またしても「サボり」

だらけた自分を律するためにも何かしなければ、と

そうだ、まだ松かざりの始末をしてなかった。

そこで、氏神様「久伊豆神社」にお参りに。建国の日①


気がつけば今日は建国記念の日

種々雑多にこの日の位置づけしていたり、この日そのものに反対するグループもあると聞き及んでいるが、氏神様の境内に入るとその雑念など語るに落ちる。

この領域は日本人というより人の心のふるさとだ。

手水で気を清め、

参拝する心に雑念は無い。

「平和」がそこにありました。社殿



参拝を終え何か人としての責務を果たしたような気分、その瞬間、息子よりのケイタイ電話。

これから家族そろって来訪とか、

何事かと思えば、孫娘が手作りのバレンタインチョコを届けたいとか。

平和だねえ。

参拝帰りに孫歓迎の買い物のためにいそいそとスーパーに立ち寄る我が夫婦であった。

2月3日

雪の節分

恒例のトラック協会北支部主催「交通安全祈願」に参加した。

節分の日に大雪に見舞われ、往路コースの関越自動車道は通行止め

一般道をトコトコと2台のバスに90名が分乗しての日帰りバスツァー

目指すは埼玉日高市の「高麗(こま)神社コマジンジャ
 写真はwebパンフよりパクリ

シャーベット化した雪は渋滞箇所を発生させていたものの、何とか予定どおり神社到着

朝鮮は高句麗といにしえには縁のある神社のようである。

今年で21回目の安全祈願ツァーであるが、毎年神社を変えている。

浮気祈願ではなく、全国くまなく走るトラックにちなみ交通安全をさまざまな神社で祈願する趣旨である。

参拝を済ませ、いよいよ昼食

小川町にて 「割烹旅館 双葉」にて昼食

ミニ会席のあと出されたのが、日本五大銘飯 「忠七めし」である

何のことはない「茶漬け」であるチューヒチメシ


池波正太郎の小説「剣客商売」に出てくる小平御用達「深川めし」に似たぶっ掛けめしみたいなものである。

茶漬けのつゆが秘伝とか、説明書き


酒のあとにはピッタシの感あり。

歯が無くとも、3杯お変わりした。

このあと酒蔵を見学し帰路へ

帰りは関越道も開通しスムースに帰宅

この日の 失態 ① 入れ歯を忘れて行ってしまったこと
② デジカメ忘れていったため仕方なしに携帯カメラを使用せざるを得なかったこと。


夜、節分依 豆まきをした 就寝。